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| <由緒>(平成祭) 神功皇后の朝、随臣阿雲麿勅によって飼雁料田を献じ松桐宮を創す。貞観元年(859)藤多麿神託によりこの社地(八辻ケ岡)に御遷座申し上げ王子松隈宮と称う。 「筑前国続風土記拾遺」に謂う。「王子文明神社感田村の産神也 所祭5男3女神也 頓野村水田氏奉祀す 応永年中(1394)社殿造営され年月を経て朽損のため延宝6年(1679)再興すと棟札に誌せり 古は神田多祭儀厳重なり 今は浮殿跡・大宮司屋敷・管紘橋・反(そり)橋・神的(ヤブサメ)の馬場等のあと名のみ残れり」明治5年社域拡張、明治33年社殿改築、明治43年村社、供進使指定社となる。古来農業・水・家畜の守護神として村人氏子の尊信篤し。 |
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