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| 江島若宮八幡神社(えじまわかみやはちまんじんじゃ) |
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| <由緒>(平成祭) 江島若宮八幡神社は現在、三重県鈴鹿市東江島町に鎮座しており平安時代初期、禁中(内裏)に奉祀せられていた若宮八幡宮(京都石清水八幡宮の御分霊)を人皇六十代延喜帝醍醐天皇が、神意に問いて伊勢宗廟(皇大神宮)の戌亥の方なる当地に奉遷せられ、第十五代神功皇后(息長帯比売命)第十六代応神天皇(品陀和気命)第十七代仁徳天皇(大鶴鷯命)を主祭神に、十七柱の神々をお祀りしております。江戸時代、江島の地は伊勢参宮街道に沿い、神社のすぐ東の海岸一帯が当時の白子港であった為、参道入口には「江戸両組」と刻された大常夜燈が文政3年に奉納されています。この「江戸両組」とは、伊勢・松阪・津等から江戸に発展して大店を持ち日本商人まで成長したいわゆる「伊勢商人」の大伝馬町組と江戸白子組を指すものであり、伊勢国は勿論、尾張・三河・越前・京都・大阪等の国々の物産を江戸に積み出す場合、白子村積荷問屋竹口家の検査済みの印なくては浦賀の海が通過することが出来ないほど、白子港の存在は重要でありました。白子と江戸との廻船業の発達によって当神社は、氏神様、安産の神、海上の守護神として、廻船問屋等の篤い信仰を集め、承応元年(1652)の絵馬をはじめとして江戸時代末期まで、海上の安全商売繁盛、家内安全、長寿等を祈願した絵馬が奉納され、現存120余面の内、71面が「絵馬群」として県の「民族資料文化財」に指定され、庶民の信仰、生活文化を考える上で史料的価値の高いものとされています。代表的なものに、ロシアに漂流し10年の苦難の末帰国した大黒屋光太夫の属する大黒屋の海上の安全を願う千石船の絵馬が奉納されています。 |
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