| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| <由緒>(平成祭) 明治37年3月27日、旅順港閉塞における広瀬中佐の壮烈な死は、時を経て益々人々にその人格を慕われ、神社創建の声が高まり、昭和5年12月、神社敷地を決定、昭和6年10月奉賛会が結成され、全国各地からの熱心な奉賛と寄進によって、昭和10年3月、社殿が落成した。同5月25日、鎮座祭を斉行し、懸社に列せられ、仝27日、中佐誕生日を例祭日として大祭を挙行。戦後は政教分離により宗教法人廣瀬神社となり、昭和23年4月、竹田市及び近郷出身戦没者を合祀した。最近では武人としてのみではなく、上司、部下、友人とそれぞれに慕われ、よき周囲に恵まれてその本分を尽くした生き方をした中佐の人となりが改めて人々に見直されている。 |
|
| |