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| <由緒>(平成祭) 大凡、1160余年前、天長年間の御鎮座とされておりますが、古文書、記録等が散逸して詳しい事は明らかではありません。しかし、地域住民の多くが神社境内より湧き出る清水の御陰を被り、よって長い間厚い信仰が受け継がれると共に町の発展にも大きく寄与することとなりました。また、「相模風土記稿」によりますと〔井之明神社 祭神詳らかならず、神体石2個を置き例祭9月9日、天正19年(約400年前)、社領3石5斗の御朱印を賜る。老杉(円1丈2尺余り)を御神木とす。幣殿、拝殿、神楽殿建てり。末社、稲荷、浅間、毘沙門、三峰〕とあります。又、『井之大明神』と称し、享保8年2月8日(200年余前)、神祇管領匂當長上従二位ト部朝臣兼敬より『正一位』の極位を奉授されております。現在の『曾屋神社』の名称は明治6年、井之明神社に、上乳牛鎮座の加羅古神社、下乳牛鎮座の八幡神社、才ヶ分鎮座の熊野神社、山谷鎮座の加茂神社、中野鎮座の白山神社、御門鎮座の牛頭天王社(現在は分祀)を合祀し〔曽屋〕の地名をとり『曾屋神社』と改称、『郷社』に列せられました。大正10年7月5日、神奈川県告示第222号を以て神饌幣帛供進の神社に指定されました。
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