東山藤稲荷神社

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タイプ
神社
名前
東山藤稲荷神社(ひがしやまふじいなりじんじゃ)
所在地(住所)
東京都新宿区下落合2-10−5
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主祭神
宇迦御魂神(うがのみたまのかみ)
佐田彦神(さたひこのかみ)
大宮能売神(おおみやのめのかみ)
御由緒
御縁起
御神徳
歴史等
<由緒>(平成祭)
人皇56代清和天皇の後胤経基、當国に居住し、60代醍醐天皇の御宇延長五年初午の日、京都稲荷山より此所に勧請遷宮す。61代朱雀院の御宇、承平2年、平将門謀逆を企て関東騒動の旨、當社稲荷の神託に依りて、忍を入れ糾す事に相違無し、早速上洛し、天聴に達し之に依て位を賜り、六孫王と号し、源姓を賜ふ。翌年2月、副将軍に任じ、関東を討手を命じ賜う。故に源家守護の氏神なり、同2月初午の夜、白狐3つ當社に来りて、社守の前に在りて、我等是まで将門に属せし所、悪逆増長し、今月の中に可成事を知る。依て立離れ當山に逃来て、是れより當社の眷属と成て永く守護せんことを願う。社守即ち山奥へ隠して食物を供え置く所、不思議成哉。2月13日将門下総国島廣山に引籠りて、常陸椽平貞盛否を放て従類まで焼亡す。14日将門卒島という所にて箭に當りて死す。秀郷馳寄りて、首を取る。同3月25日将門が首京に着して関東治平す。社守神妙なりと感得し、當山奥院と崇めて祭り、自ら神務怠ず。四神地名録に云「此所に狐の穴ありて、平生に狐すみて人をおそれず、里人は稲荷宮のけんぞくとして、犬の至らざるやうかきをむすびて敬せる事あり」とげにさる事もありしならん。境内に老藤あり。二支柱之を支え、更に雅の古木に纏ふ。藤稲荷の稱は實に之より起れるなり。東都一覧武蔵考に「東山稲荷これも往還の左の方山上にあり、眺よし、俗には藤稲荷といふ。そのかみ藤の大木ありしが、今は枯れてなけれど其の名を残さんとて、別の藤をうゑたり。」とあり、即ち今の藤は2代目なるべし。北に向ひて、石階21級を上れば、石の鳥居なり、文政4辛巳年2月初午江戸中橋南横町伊勢屋惣五郎と刻す。正面なる神社は茅葺にて藤稲荷大神と扁す。傍らに松樹あり、大さ一圍半、神木に注連を掛けたるよしなるも、此松今は枯れて無し、當て鳥居の傍らに瀑泉を設けて、垢離場とせしよし新風土記に記せるも、是亦今は無し。

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