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| <由緒>(平成祭) 祭神北山の宮は、後亀山天皇玄孫にまします。嘉吉の変後神靈を奉して此地に逃れ数年間潜み給いしが、赤松家の浪士が主家を再興せんと諜り、北山の宮に仕へ長禄元年12月20日夜大雪に乗じて御座所に乱入宮を拭し奉った。神靈と宮の御首を持ちて逃るを郷民之を追撃、取返し、御座所の後庭に奉葬す。神靈はその後も南朝皇族に護られるが、翌年8月に京都へ奉られた。 当時北山の宮に奉仕せる遺臣・郷民は悲しみと哀慕のあまり、ここに社を建て氏神と崇め、若一王子大権現と称して奉り来り、明治元年太政官布達により自天親王社と改称、明治26年10月御墓の伝説地たるに及んで北山神社と改まり、同時に吉野神宮境外摂社きたやまぐうとなる。大正11年に県社に、また昭和31年10月には「北山宮」と改め、称することを神社本庁より承認され現在に至る。
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