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| <由緒>(平成祭) 大森神社は旧宮村にあり、事代主命及び菅原道真を祀れり、創建の年月は詳ならず。和泉国内神名帳の日根郡に記載される「従五位上大杜杜」が当社ではないかともいわれる。天正10年(1582)4月、本地根来右京之進藤盛繁(中氏の一族時の地司根来大納言)の再建なりといふ。大字野田川向いの野田神社、同大字々成合の雨山神社と共に熊取三社と呼ばれ、旱天に際すれば、神職は斎戒沐浴して三社に降雨の祈をなすを例とし、当社の大祭には、神輿舁は大声にて「ほーわほーわ」と囃し、穂輪祭(穂波祭)と俗称せられ、神輿の渡御ある所は紺屋山及び湊村なり。紺屋山は当社より14、5町の西北にして、山上の老松は枝葉うっそうとして天に参し、幹大壱坪に餘りて神輿松と呼ばる。又湊村は今の北中通村大字中庄の内なる字湊にして、(泉佐野市湊)同御旅所にも同じく枝葉四方に延びて偏平な老松ありて平松と呼びしが、松名を採りて平松を姓と偽せるものありといふ。正保年中より熊取庄の惣社となり明治6年郷社に列し同40年1月、神饌幣帛料供進社に指定せられ、神社合併り議あるに及び、本村内多数を悉く当社に合祀せり。(明治41年9月26日とあるがこの時より御例祭日を9月28日と改められたと思われる)本社二殿、拝殿、舞台、神輿庫、手水舎、社務所等あり、氏地は熊取町全町なり。昔は神宮寺として金剛法寺ありしも神仏分離令の時廃寺となる。別名穂輪明神とも称す。 |
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