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| 大国主命(おおくにぬしみこと) 少彦名命(すくなひこなのみこと) 飛鳥大神(あすかのおおかみ)
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| <由緒>(平成祭) 当社は字美山にあり、その創建は詳らかではないが、古書、口伝等によれば鎌倉時代の建立によるとある。創建当時の現在地には、推古、舒明の両天皇に仕えた船氏(帰化人)が住んでおり、中国の古礼すなわち有職、接待、技術等かつて見たこともないものを伝え、その才の勲功があったと大仁後の正二位の官位を賜ったが舒明天皇の13年(641)に没した。27年後の天智天皇の7年(668)妻安里故能刀自も没し、同じように神社の背後の松岳山の上に葬った。その墓は前方後円墳で史跡として当社が所有している。(昭和34年に京都大学の小林行雄氏が石棺の調査をされ、四世紀末の古い墓であることが判明した。)境内地は、そのような古い歴史をもち、その後の武家政治による変遷により、船氏の地位も消失して、ここに氏人達の信仰のあった大和桜井の三輪大明神の大国主命と少彦名命、更に飛鳥部の伴造飛鳥大神の三柱を当地に勧請された。明治5年に村社に列し、同43年字水谷の無格社杜本神社を合祀した。 |
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