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| 春日神社[春木町](かすがじんじゃ[はるきちょう]) |
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| <由緒>(平成祭) 往時当松尾荘には(又は春木庄とも云う)藤原氏族本貫を有し武烈天皇の御宇には物部氏族今の北松尾に本貫を有せり為に称徳天皇神護慶雲二年鹿島明神常陸国より大和国に御遷座の途次当地に立寄られ暫く停留され給う、春日大神は固より藤原氏の祖先神なる上に斯く神人親密の機会を喜び当庄内の藤原氏こぞりて社殿を設けて創社し亦、和泉国内神名帳による「従五位物部布留社在春木村俗称布留堂風景幽絶」とある如く本貫を有せし物部氏族氏神として物部布留神社を創社し地主の神として古来松尾庄内の氏神なり。境内に神宮寺あり、役の小角の開基による宗福寺なり、後これを布留堂と称し大同年間弘法大師一冬安居されし後は冬堂と称す(泉州誌)斯く往時より当地方最も神威顕著なる神社として後醍醐天皇より正一位四所明神の勅額を下賜ありて神威益々光輝を放ち古来より松尾荘内の総氏神、産業隆昌の神としてのみならず当地鎮護の神として早害疫災に際しては厄除疫病平療を祈願し国守、住民の崇敬の中心神社として今日に至れり但し往時の宏壮なる社殿神宮寺の伽藍、金堂、宝塔、古文書、宝物など多く天正の兵火を羅り之を失うされど寛文11年、享保17年、宝暦2年、文化8年、天保15年、明治26年、昭和29年度々建替、葺替等修理し明治42年8月には神饌幣帛供進社に指定され、昭和45年4月には御鎮座千弐百年祭を執行す。 |
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