串間神社

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タイプ
神社
名前
串間神社(くしまじんじゃ)
別名
十三所大明神(じゅうさんしょだいみょうじん)
所在地(住所)
宮崎県串間市串間1410
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公式サイト
https://www.kushima-jinja.jp/
主祭神
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)
御由緒
御縁起
御神徳
歴史等
<由緒>(平成祭)
彦火火出見尊を主祭神として外に十二柱の神々を祀るので十三所大明神と称していた。山幸彦と呼ばれる主祭神が猪・雉などの獲物の多いこの地を狩場として笠狭の宮から通われた仮宮所で、穂KUSI宮と称し、その宮跡を斎きまつったと「神名録」はつたえている。「高鍋藩寺社帳」によると桓武天皇の時に平安京の朱雀院に鎮座し、その後順徳天皇の時に当地に安置したともいうが詳細はわからない。永保六年(一五六三)領主島津忠親の奏請により神階宣下勅額を賜り、以後藩主、世々、福島総社として尊崇された。正平十四年(一三五九)には野辺盛房が十三所大明神の社殿を再興されたことが記録されており、その後、応仁元年(一四六七)には島津立久、永正十二年(一五一五)、天文十三年(一五四四)と相次いで島津氏が再興、秋月領となっても元和七年(一六二一)から慶応二年(一八六六)まで再興が続いている。而して明治維新後は専ら福島、北方、大東、都井、市木六ケ町村の氏神として維持運営された。明治五年(一八七二)都城県管轄中、神社改革の際、串間神社と改称し郷社に列せらる。明治四十年旧六ケ町村の出資により社殿を改築されたが、老朽化し損傷が著しく御接遇出来得ない状態にあり、時あたかも平成元年が串間市制三十五年の記念すべき年を迎えるにあたり、奉祝記念事業として、昭和六十三年六月改築奉賛会を設立し、平成元年六月工事に着工、同年十月竣工をなし、農業の神、安産の神、学問の神、商工の神として、多くの崇敬を受けている。(注)文中のKUSIは、「木」偏に「患」です。

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