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| <新穂城跡>(説明板) 国仲低地帯に分布する中世の城館群の一つで、新穂殿屋と呼ばれる村殿の城館跡です。 城郭は約100mのほぼ正方形で、館を取り巻いていた土塁は大部分を失っていますが、外周には幅約20~25mの水量豊富な大きな堀をめぐらされていました。また、木堀の内側は「城の内」と呼ばれ、中世の陶器片が出土したほか、城郭の周囲には「表」「横町」「中道」などの城に関係する地名や観音堂が残っています。 新穂殿の成立は14世紀頃とみられ、文安5年(1448)に新穂城が築かれたと伝えられています。 戦国期には本間顕前守などの城主が拠点としていましたが天正17年(1589)の上杉景勝の佐渡攻めにより落亡し、城館跡は農民らに開発され、現在に至ります。 〔平成24年10月 佐渡市教育委員会〕
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