山名八幡宮

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タイプ
神社
名前
山名八幡宮(やまなはちまんぐう)
所在地(住所)
群馬県高崎市山名町1581
アクセス
上信電鉄 「山名」駅→徒歩(2分)
上越自動車道「藤岡IC」→車(8分)
標高
92.1m
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子宝(安産・子育)駐車場授与所
公式サイト
https://yamana8.net/
主祭神
誉田別命(ほんだわけのみこと)
配祀
玉依姫命(たまよりひめのみこと)
息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
近代社格
郷社
創建
1175年~1177年〔安元1年~治承1年〕
御由緒
御縁起
御神徳
歴史等
<由緒>(平成祭)
うしろに八幡山を配したこのあたりは古くから開けた所で、歴史をさかのぼれば縄文時代にまで人々の暮らしの跡をたずねることができる。社伝によればこの社は源氏の一族、新田氏の祖義重の子義範が山名城にあって安元年中(1175~1177)に、豊前の国(大分県)の宇佐八幡を勧請して、社殿を造営し、武神として崇敬したのを始めとしている。御祭神 玉依比売命、品陀和気命(応神天皇)、息長足姫命(神功皇后)の三柱を祭神として祀り、古くから安産や子育ての守護神として、また養蚕や商売繁昌の神として有名であり近郷の人々の尊敬を長年月にわたって集めている。創建以来、800余年の歳月は誇らしい歴史の重みとともに多くの伝承に彩られて人々の心のふる里となっている。天国(あまくに)の宝剣 山名城主、新田義範が当社創建の時に奉納したと伝えられる両刃の直刀で鎌倉末期のもの。安産と子育ての神 後醍醐天皇の孫、尹良親王が山名城に滞在の折り、城主世良田政義の娘が親王の子を懐妊し、当社に安産を祈願されたところ無事に男子が誕生、良王(よしゆき)君と名付けたという。以来、当社を安産と子育ての神として称えられるようになったとの伝承がある。例祭 毎年4月15・16日と10月15・16日のお祭りは多くの参詣人で賑わう。露店も立ち並び安産や子育てを願い、養蚕や、商売繁昌を祈る人々が獅子頭や、虫切り鎌、農具などを買い求めて季節の風物詩となっている。神輿の渡御 例大祭の際に山名町の中程にある石の標識、「八幡宮御旅所」と彫られている場所まで神輿を奉じ古式ゆかしくおごそかに列を連ねて行進する。系図 古い歴史を物語る山名氏の系図 山名宗全(持豊)は九代目で西国の十一ケ国の守護、応仁の乱の西軍の総大将。乗鞍 宝暦2年(1752)9月、前橋藩主、酒井雅楽頭(うたのかみ)より2町7反1畝7歩の神領と現在社宝の一つとなっている乗鞍一具の寄進を受けた。大刀割りの石 慶長5年(1600)3月、馬庭念流中興の祖といわれる樋口定次が天真流、村上天流と試合をするにあたって当社に神助を祈願して参籠し、満願の日に社前の大石を打ち割ったといわれ、その後見事に烏川畔において天流を破った。この大石は参道に今も置かれている。祭日 1月1日~7日初詣、1月15日初市、2月節分ついな式、4月15・16日春季例祭、4月28日養蚕市、6月30日大祓、10月15・16日秋季例大祭、11月15日七五三祭、12月1日神むかえ、大晦日2年参り。高崎自然歩道 高崎自然歩道は、八幡宮が起点となっていて、25キロ隔てた小林山だるま寺まで続いている。八幡宮の裏山一帯は山名丘陵で、その裾野には、古代文化の遺跡が多く散在している。なかでも国の特別史跡に指定されている「山の上の碑と古墳」、「金井沢の碑」の二つは、仏教文化の東漸を物語る貴重な遺跡である。またこの地で生活していた万葉の若者たちは、おおらかな相聞歌を今に伝えている。「佐野山に打つや斧音の遠かども 寝もとが児ろが面に見えつる」更にこの丘陵には、中世から戦国にかけての山城の址が現存し、その遺構をさぐることができる。その一つ山名城址は、応仁の乱の一方の旗頭、山名宗全の遠祖、山名義範の居城であった。参拝 上信線山名駅下車。
コメント
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また獅子のかぶり物の『しし頭』を子供に被せると元気の良い子供に育つといわれています。
霊場・札所
鏑川七福神(弁財尊天)
拝殿方向
東南東

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