手児奈霊神堂

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タイプ
お寺
名前
手児奈霊神堂(てこなれいじんどう)
漢字パターン
手児奈堂
所在地(住所)
千葉県市川市真間4-5-21
アクセス
京成「市川真間」駅→徒歩(11分)
JR「市川」駅→徒歩(14分)
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本堂(2012/04/12)
公式サイト
http://tekona.luna.bindsite.jp/
宗派
日蓮宗
本尊
手児奈霊神(てこなれいしん)
山号
真間山
寺号
弘法寺(グホウジ)
御由緒
御縁起
御神徳
歴史等
<手児奈霊堂>(案内板)
奈良時代のはじめ、山部赤人が下総国府を訪れたおり、手児奈[てこな]の伝承を聞いて、
「われも見つ人にも告げむ葛飾の真間の手児名(奈)が奥津城処[おくつきところ] 」
と詠ったものが万葉集に収録されている。
手児奈霊堂は、この奥津城処(墓所)と伝えられる地に建てられ、文亀(ぶんき)元年(一五〇一)には弘法寺[ぐほうじ]の七世日与上人が手児奈の霊を祀る霊堂として世に広めたという。
手児奈の物語は、美人ゆえ多くの男性から求婚され、しかも自分のために人々の争うのを見て、人の心を騒がせてはならぬと、真間の入江に身を沈めたとか、継母に仕え真間の井の水を汲んでは孝養を尽したとか、手児奈は国造[くにのみやつこ]の娘で、その美貌を請われ、或る国の国造の息子に嫁したが、親同士の不和から海に流され、漂着したところが生まれ故郷の真間の浦の海辺であったとか、さらには神に司える巫女[みこ]であったりする等、いろいろと形を変えて伝えられている。
万葉の時代から今日に至るまで、多くの作品にとりあげられた真間の地は、市川市における文学のふる里であるともいえる。
〔昭和五十八年三月 市川市教育委員会〕
コメント
境内に隣接して真間稲荷神社があります。
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[1/3] 入口 [2012/04/12]


  
[1/2] 寺号碑 [2012/04/12]


  
[1/3] 寺号碑2 [2012/04/12]


  
[1/3] 参道 [2012/04/12]


  
[1/2] 手水屋 [2012/04/12]


  
[1/5] 縁結び 桂の木 [2012/04/12]


  
[1/1] 絵馬所 [2012/04/12]


  
[1/5] 観音像 [2012/04/12]


  
[1/6] 本堂 [2012/04/12]


  
[1/1] 御手洗い [2012/04/12]


  
[1/9]  [2012/04/12]


  
[1/2] 記念碑 [2012/04/12]


  
[1/3] 句碑 [2012/04/12]


  
[1/4]  [2012/04/12]


  
[1/4]  [2012/04/12]


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