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| <由緒>(平成祭) 本社草創は平安初期の昌泰2年(899)、新井吉明が国家鎮護の為に、摂津住吉大社の大神をこの地に勧請したものです。御祭神の底筒男命・中筒男命・表筒男命の三柱の神は、伊邪那岐命が御禊祓をしたときにお生れになられた神なので“祓の神”として崇められ、厄除け、方位除け、災難除け等の祈願には大変御利益があります。また、神功皇后は、十四代天皇仲哀天皇の御后であられ、天皇崩御の後に、三韓遠征に凱旋されました。その際筒男命三神が神功皇后の皇軍を守護し、神威を輝かしたということから後にこの四柱の神は、国守の神、農耕の神、海路平安の神、として崇敬されております。本社は、維新前正一位安住大明神と称しましたが、明治6年安住神社と改称して、郷社になりました。明治十年、区画改正にともない神域が減った為に村社となりました。現在年間約30万人を越える内外の参拝者を迎えて、ご社頭は益々殷賑を加えているのも安住大神の御神威によるものであります。
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