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| 天智天皇(てんちてんのう) 持統天皇(じとうてんのう) 玉依姫(たまよりひめ) 大友皇子(おおとものおおじ) 乙姫(おとひめ) 倭姫(やまとひめ)
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| <由緒>(平成祭) 当地方には天智天皇が侍女玉依姫(薩摩の頴娃の人)に心をひかれ晩年を志布志にて過ごされたとの伝説があり、天皇にちなんだ地名事跡が多い。山宮神社もその一つで創建は、元明天皇の和銅2年天皇の廟を山頂に祀ったのが初めと伝えられ、大同2年(807)山口大明神(大友皇子)若宮神社(持統天皇)中宮神社(玉依姫)鎮母神社(倭姫)蒲葵御前神(乙姫)を合祀し山口六社大明神として現在地に祭られた。冷泉天皇安和元年(968)神領500町歩、最盛時には御祭124度と記録にあり、往時の隆盛がしのばれる。その後新納、肝付、島津氏等の武将により社頭の寄進、社殿の造営修築が行われ、藩政時代には、現在の建物以外に舞殿、四足、観音堂、籠所、御供所、鐘楼等付随し規模の大きさは大隅随一であった。尚鐘楼は文永6年(1269)の年号が刻まれ讃岐の国より搬入された名鐘であったが、西南の役に供出され今はない。明治になり神社制度がかわり、郷社山宮神社として再建され当地方の宗廟として崇敬されてきた。 |
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