| |
| |
| |
| |
| JR「自治医大駅」(東口)→徒歩(36分) 北関東自動車道「宇都宮上三川IC」→車(14分) |
|
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| <薬師寺郷八幡宮由緒略記>(由緒板) 「由緒沿革」
人皇五十八代清和天皇の御宇の貞観元年より、京都石清水八幡宮の御分霊を野仮浜大内に勧請し、磯上朝臣真平を祭祀とせり。
天慶八年五月二十九日荒海の時、船人落しの超突風に遭い磯上高良大明神を上して薬師寺村大内に遷す。この時、村人達は、御神威に驚くあまり、御殿宮を建立し、百姓数百が集まりて神祭礼を行う。
爾来、御殿宮を薬師寺郷の総鎮守とし、又御殿御長は薬師寺村の宮司名、稲毛五郎兵衛並びに社家十一、下社家等の旧記と古文書により御殿の変遷を見るに深し。
天慶五年五月二十九日御殿宮薬師寺村大内より薬師寺村歩道に奉遷し、薬師寺村大神殿として社殿二十坪並びに社殿十一、下社家十一神札を建立し、祭祀奉修に由する。
人皇八十五代聖護院の御宇文治四年、源公範頼公の進発したる四月二日御殿宮并御殿社殿を建立す。
神殿及御殿五○町歩勢、大内神社の神領として地蔵院薬師寺に寄附されたるに四十八名の兵騎、田作井沢出水に由つて減収する。
この稿に残るも大変動の時も此の時なり。
建武三年慶長六年薬師寺郷村より薬師寺郷村より御殿宮に配祀し及び宗像神社の社数を修理し及び漸く奉納がりひて、朝と瀬下の郷に於て御神領が行われたが、今は桜並木として長し参道である。
|
|
| |
| |