| |
| |
| |
| |
| |
| <由緒>(平成祭) 古くより小さな社があり、東方という地名もこの社から生まれました。天文(1532~55)の頃、深谷上杉三宿老、皿沼城主岡谷加賀守清英がこの地方を領し、熊野大神社を深く崇拝し、社領を寄進し、今でも熊野免という年貢を免除した土地があります。同じく三宿老の一人、上野台領主秋元但馬守景朝、その子越中守長朝は、当社が上野台の館の東北にあたっているので、城の守りとして崇敬し、天正年間(1573~92)に当社の社殿を造り、現在本殿正面の桁に家紋が彫刻されてあります。天正18年(1590)徳川家康、江戸入城後、松平丹波守康長が東方城主となりましたが、当社を信仰、社領を免除しています。 |
|