立花 宗茂

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立花道雪の娘「誾千代」と結婚したニャン。その後は、義父の道雪、実父の紹運と共に戦場で活躍していったニャン。朝鮮出兵時には、現地での目覚しい活躍をし、関が原の戦いでは、負けるとわかっていても義理を通し西軍についたが、戦いに敗れ浪人となったニャン。その後は、幕府側に取り立てられ大阪の陣などに参戦し幕府から旧領の筑後柳川10万石の大名に復帰したニャン。1642年に江戸柳原の藩邸で死去したニャン。

読み:タチバナ ムネシゲ
別名:左近侍従
改名:高橋高橋千熊丸(幼名)→彌七郎(幼名)→統虎→戸次統虎→立花鎮虎→宗虎→宗茂
性別:男性
生年:1567年12月18日
没年:1643年1月15日
年齢:75
死因:自然死
戒名:大円院殿松陰宗茂大居士
神号:松陰霊神
配偶者:誾千代(立花道雪の娘)
父:高橋紹運
義父:立花道雪
母:宋雲院(斎藤鎮実の妹)
タイプ:武将

名前タイプ住所
 広徳寺お墓東京都練馬区桜台6-20-18
 福厳寺お墓福岡県柳川市奥州町

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