小網神社

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タイプ
神社
名前
小網神社(コアミジンジャ)
漢字パターン
萬福舟乗弁財天、東京銭洗い弁天
相違パターン
小綱神社・小網稲荷神社
所在地(住所)
東京都中央区日本橋小綱町16-23
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写真動画御朱印メディア授与所
御朱印
平成22年12月8日に小網神社で頂いた御朱印だニャン
主祭神
倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)
配祀
市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)
福禄寿(フクロクジュ)
旧社格
村社
創建
1466年〔文正1年〕
主な行事
大祭(5月28日)
萬福舟乗辨財天大祭(10月28日)
どヴろく祭(11月28日)
御由緒
御縁起
御神徳
歴史等
<由緒>
伊勢神宮を本宗として、文政元年(1466年)今より約540年程前に産業繁栄と疫病鎮静の神とし鎮座された。初め小網山稲荷院万福寿寺を別当寺とした稲荷神社であった。その後昭和初期までは、小網稲荷神社と称し、江戸時代では、稲荷堀稲荷とも称されていた。
その昔大田道灌は、当社への崇敬、時折参拝し、社地を奉じ、社殿を造営したといわれる。社号も公の命名によると伝えられる。又、宮元、小網町の名は当社にちなんで名づけられたといわれる。
さて、戦時下では、当社の「強運厄除守」を奉載した者の多くが戦地より無事帰還したことから都内は勿論、各地より強運厄除けの授かりを受ける参拝者が多かった。現在も強運勝運の厄除けとして、自らの運を強め、豊かで明るい生活を求める参拝者で賑わう。
(武蔵国 古社 小網神社の概要)

<説明>
社伝によれば、当社は小網山万福寺を別当寺として、室町時代中期、当地に祀られた稲荷社に起源するという。稲荷社は、明治時代始めの神仏分離令により、小網神社と称し、東堀留川の河岸地の一画であった現在地を社地と定めた。そして現在、小網町及び人形町の一部の氏神として、また東京下町に広く信仰を集めている。
境内には、昭和四年(一九二九)の造営による社殿及び神楽殿が残っている。社殿は伝統的な神社建築の形式を備え、向拝には優れた技法による昇り龍・降り龍・獅子・ばく・鳳凰等の彫刻がほどこされている。また道路際に建つ神楽殿は、五角形という特殊な平面形態を持つ。この社殿及び神楽殿は、中央区に現存する数少ない木造の神社建築として、棟札等の造営に関係する資料とともに中央区民文化財に登録されている。
(平成三年四月 中央区教育委員会)
コメント
社殿の上り竜下り竜の彫刻は強運厄除の竜として親しまれています。銭洗いの水で洗ったお金を使うと金運アップの御利益があります。
11月のどぶろく祭から正月の期間限定で強運厄除けの「みみずく」のお守りが授与しています。
お祓いを受けた人が戦争で兵隊でいっても全員無事にかえってきたという話や関東大震災の時に住職が御神体をかかえて非難した経路した橋は壊れずに無事に非難できたという話や東京大空襲でも他の大多数の神社が空襲にあうなか小網神社が無事だったという話があり奇跡強運の神社ともいわれています。
アクセス
日比谷線「人形町」駅→徒歩(5分)
浅草線「人形町」駅→徒歩(5分)
東西線「茅場町」駅→徒歩(10分)
半蔵門線「水天宮前」駅→徒歩(10分)
お天気
巡礼・札所・名所
下町八社巡り(強運厄除け)
日本橋七福神(第一番)
文化財
【区指定重要文化財】小網神社社殿及び神楽殿
メディア紹介
【2014/01/06】<テレビ>
L4YOU!『2014年開運!パワースポット特集』(L4ご利益さん)

【2010/07/03】<ビデオ>
島田秀平オススメ!パワースポット巡り(生命力編)

【2010/05/06】<雑誌>
日経おとなのOFF〔2010年6月号〕『開運入門』(巡ってみました七福神!散歩気分で福が集まる日本橋七福神巡り)

拝殿方向
南東
ぐるぐる動画

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