八幡稲荷神社

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タイプ
神社
名前
八幡稲荷神社(はちまんいなりじんじゃ)
所在地(住所)
千葉県習志野市東習志野2-6
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主祭神
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
主な行事
例祭(2月11日)
御由緒
御縁起
御神徳
歴史等
当神社は創立年月不詳なれど古書に曰く、「往古早昧の時代、千葉氏の残党実籾字本郷に来り、又古河御所の余党実籾字八幡前(三山大須奈地より印旛沼に通ずる水田付近)に竄入し八幡社を建立、再起戦勝を祈願せり云々」とある。即ち第七十四代天皇鳥羽帝の御代平氏を祖とする千葉介三代常兼の時、西暦一一〇七年千葉氏一族に内紛抗争起こり猪鼻城に住むを潔しとしない将兵が野に下り、実籾本郷に住み農耕を営み大宮・大原神社を創立した。
その後当八幡前には下総古河に関係ある千葉氏一族が猪鼻城や千葉の町を灰燼にした(西暦一四五〇年)前後に住みつきこの八幡宮を創立し再起戦勝を祈願したと伝える。
この辺一帯は昔小金牧と呼ばれ徳川八代将軍吉宗の頃馬の放牧用地として召し上げられ、明治四年には陸軍練兵場に定められた。同六く年四月明治天皇の行幸を仰ぎ陸軍大演習が展開された時、天皇は総指揮官篠原殿下の名を讃えて習志野原と命名。
明治二十三年からは遊猟場となりうさぎ・きじ等を飼育して冬に貴人達が村人と緒に狩を楽しみ、同三十七・八年の日露戦役から此の境内地をも含めて俘虜収容所用地として陸軍に買収される。其の後第十五師団臨時駐屯し此の神社の丘を平坦にせしむと崩し始めるや怪我人続出し工事渉らす。然れども軍の命令は厳しく尚も続行するが遂にその工事長高熱を発し仆る。只事ならずと工事の中止を歎願すればさすがの陸軍省も神罰を恐れ現在の塚だけを残し玉垣を囲み境内地となし軍の管轄より除外せり。
師団内歩兵第五十八連隊第一中隊長信仰心厚くよく兵と参拝したが後年越後高田へ移駐と決定、八幡宮は連隊発祥の地なるを故となし守護神として高田連隊に遷宮す。然るに連隊内悪疫流行し連隊長大いに心痛す。或る夜稲荷夢枕に立ち「旧の御座に還りたき」とのお告げあり急遽北陸より着剣武装護衛のもと還御せり。されば猛威を極めた悪疫もたちまち霧散し一同改めて御神霊の尊さに戦慄したという。為に五八稲荷稲荷の称は今日にも及ぶ。明治四十三年四月土地・立木を本社大原神社に譲与合祀された。
大正七年に建築された本拝殿は昭和六年十二月一日不慮の災いに遭い一切を烏有に帰したが、軍の絶大なる支援を得て氏子崇敬者一丸となり翌七年の神殿が竣工した。
コメント
小さい敷地内にぎっしりとつまっている感じです。隣には公園があるのでそこでのんびりもできます。
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